あなたの隣のシネフィルちゃん

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『日本のいちばん長い日』のオリジナルとリメイクに見る天皇タブー

1965年、一冊の本が上梓された。半藤一利による『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』だ。その二年後にあたる1967年、岡本喜八の手によって映画化され公開された。ストーリーを主に三つある。

1945年の8月14日から8月15日の24時間内に起こった、クーデター未遂の宮城事件とポツダム宣言の受諾とそれを知らせる天皇のラジオ放送である。

岡本喜八版『日本のいちばん長い日』の主人公は日本政府や軍部そのものが主人公と言えるだろう。

そして『日本のいちばん長い日』にはもうひとりの主人公とでも言うべき人物がいる。昭和天皇である。が、この昭和天皇、まったくと言ってよいほど顔全体が明瞭にうつらない。ロングショットで身体全体を映し出されてもかろうじて顔の輪郭が捉えられる程度で細部までは確認できない。ではクローズアップはどうだろう。右肩越しから顔面を捉えているが、目と鼻が断片的に可視化されている程度でやはり顔の全体を映し出しているとは言い難い。何より(私の記憶違いでなければ)予告編や宣伝ポスターにさえ顔を出していないのだ。もうひとりの主人公であるにもかかわらず、である。推察するに、天皇タブーがあったのではないかと思われる。1946年元日、たしかに天皇人間宣言を行なった。が、だからと言って突如タブー視する者がいなくなる訳ではない。なによりこの60年代ならばまだ天皇を神格化していた者もたぶんにいたはずだ。実際、映画公開時期の六年前にあたる1961年には、深沢七郎の短編小説『風流夢譚』の天皇描写に対してとある右翼少年が憤慨し言論抑圧を目的としたテロを起こした、通称『嶋中事件』が起きている。つまり、タブーは依然として存在していたのである。だからオリジナル版『日本のいちばん長い日』における天皇の顔は表象される事なく隠匿されたのではないか。時は流れて2015年。『KAMIKAZE TAXI』で有名な原田眞人監督の手によって『日本のいちばん長い日』はリメイクされた。肝心の天皇はモックンこと本木雅弘が演じた。するとどうだろう。天皇は隠匿されず堂々たる面持ちで画面にあらわとなっているではないか。予告編やポスターでさえその存在を隠そうとせずあたかもそこに居て当然かのようにうつし出されている。右翼による目立った抗議もなかった。したがって天皇タブーは確実に薄れているといえよう。とはいえ、日本映画界では未だに昭和天皇を正面から取り上げる劇映画が製作されていないのもまた事実である。(無能)