あなたの隣のシネフィルちゃん

映画について語っていきます。

『メメント』

断片的かつ非線形的な物語の映画、『メメント』。その主人公レナード・シェルビーの動力は妻殺しをした者への復讐心だ。元保険員のレナードは妻を強姦し殺した人物に取りつかれている。ある日、自宅に二人組の男が侵入する。目的はレナードの妻を強姦するためだ。異変に気づいたレナードは犯人のひとりを射殺するが、もうひとりの男は逃してしまう。その際にレナードは後頭部を殴られその影響で前向性健忘を発症。記憶が10分程度しか保持できなくなる。それでも復讐を果たす為、ポラロイドにメモを取りつつ、重要な事柄はタトゥーとして彫って、テディやナタリーといった人物の助力を得ながら犯人へと肉迫する。しかし記憶を保てないレナードに復讐は不可能なように思える。

物語構成は衝撃の一語につきる。なぜなら結末から始まって過去へと時間を遡るからである。それ以外にも時間軸通りに進む映像もあるゆえ観客に混乱を呼びおこす。こうした独自の話法を採用したことで、ありがちな物語構造、つまり三幕構成を回避している。さてその奇抜な物語を説明しよう。まず映画はポラロイドのクローズアップで始まる。ポラロイドには死体と壁に散った血が写し出されている。するとポラロイドは徐々に色彩を失っていき、真っ白になる。この段階で映像は逆再生されていることを了解できるだろう。ポラロイド写真はカメラのなかへ戻っていく。男はカメラをふところへしまう。そして投げ捨てた拳銃は手のなかへ収まる。そこから一発の銃声と男の叫び声·····。この一連の描写によって複雑怪奇な物語構造を説明している。たとえば色彩を失うポラロイドはのちのち時系列的に流れてく白黒のシーケンスとして呼応していると理解できよう。一方、逆再生される映像は逆の順序で示される、カラーシーケンスを表している。すなわち、物語の構造へと直結しているのだ。この説明によってちょっとは複雑な物語を紐解けるのではないかと思われる。

さてなぜこのような突飛な構成にしたのか。それは単なる思いつきでなく狙いがあってそうしている。その狙いとは、新しい記憶を形成できない、記憶喪失者の世界を体験させるためである。これを観客にも感じさせる為、だからわざわざ逆再生にしているのだ。逆再生ならば、観客は、レナードの過去の記憶なんて知る由もないのだから、否応なく記憶喪失者の感覚を味わうことになる。クリストファー・ノーランはそこまで計算してこの映画を組み立てているのだ。

またレナード・シェルビーは独白でサミュエル・“サミー”・ジャンキスの話を語る。サミーは主人公のレナード同様、前向性健忘を患っているらしい。その介護に追われほとほと疲れている妻は、日課の注射をサミーに複数回打たせて亡くなってしまう。そしてサミーは精神病院へと移送された。その際、サミーは精神病院内の椅子に座っていて、そのほんの一瞬だけサブリミナル的にレナード・シェルビーに切り替わる。この描写によって理解できるのは、サミー=レナードということである。それを踏まえた上で見ると、レナードの妻は決して強姦魔に殺害されていない(実際強姦魔に倒され床に伏せる妻が瞳を瞬きするショットがある)どころか、レナードの手によって(悪意はないが)殺害されてしまっているのだ。

記憶喪失者のレナード・シェルビーが異形の相貌となって浮かび上がる傑作である。(無能)